爆速

原案/所 新二 作/ 羽月 みゆき

「あれ?ももちゃん、もうお店にいるの?」

常連客のなかちゃんは店の扉を開けるなり、目を丸くした。

ももちゃんは、そうよー、と得意げな顔で応えた。

「なかちゃん、どうしたんですか?」

状況を知らないロクは、二人の顔を見比べる。

「俺ね、さっきまで豊田市美術館にいたの。車で帰るときに、ちょうどももちゃんが美術館を出て自転車を漕いでる姿を見たんだよ。猛スピードで国道を駆け抜けているももちゃんに、手を振ったら気づいてくれて」

「なかちゃん、『和食のこころ展』、よかったよねー」

ももちゃんは満足した表情だ。

「豊田からここまで、自転車だったらどう考えても1時間はかかりそうなのに。どれだけスピード出してるんだろう」

しかも、ももちゃんの自転車は変速ギアが搭載されているようなマウンテンバイクではない。かごが付いているだけの、いわゆる「ママチャリ」である。

なかちゃんは、「それにしても変だよなー、早すぎるよなぁ」と呟きながら飲み始めた。

「ぼく、ももちゃんが自転車乗ってるところをセントレアで見かけたよー。」

「私はなばなの里でみた。」

「モリコロパークの駐輪場にもいた!」

周りのお客からも、ももちゃんの自転車姿の目撃情報が次々に飛び交った。

ももちゃんは、えへへ、と笑いながらも手際よく仕込み作業を手伝っている。頭のてっぺんに固定されたお団子ヘアは、綺麗にキープされている。

雪が舞う、寒い日の午後。ロクが困った顔でももちゃんに相談した。

「中央道の大雪の影響で、物流が滞ってて。市場のキャベツが品薄なうえ、価格も高騰してる。今日の付け出しのキャベツ、ちょっと少なめにして出してね」

「わたし、安いキャベツを沢山売っている店、知ってる!」

「え、どこ?」

「大須の八百屋さん!今から買ってくる!」

ももちゃんはすでにコートを着て、自転車に跨ろうとしている。

「ももちゃん、もうすぐ開店時間だから、明日でいいよ」

「大丈夫!間に合うようにするから。」

ももちゃんは爆走で駆けて行った。

開店時間ぎりぎりになって、ももちゃんは戻って来た。

「ただいまー」

自転車のかごと、背中に背負うリュックには、キャベツがぎゅうぎゅうに詰め込んである。

「実はさー、帰る途中で、警官から職質にあっちゃって」

「え!なんで?」

ロクは驚いて聞いた。

「思い切りスピード出して走ってたら、止まってくださーい、って拡声器で言われたの。

キャベツをぱんぱんに詰め込んで走ってたから、野菜泥棒に思われちゃった」

笑いながら話すももちゃんの肩と頭にはうっすら雪が積もっていた。

ロクは日本酒を小さい徳利に入れて燗につけた。

「ももちゃん。ほんとにありがとう。少しだけ飲んで、からだ、あっためて」

ひっきりなしにお客が続く週末の夜。

常連客の一人であるいっちーさんが、スマホをカウンターに置いたままま、タクシーに乗って帰ってしまった。

スマホはちょうどおしぼりの下に隠れていて、隣に座るお客も気づかなかったのだ。

「ねえ、いっちーさんの家ってどこ?」

ももちゃんが周りのお客たちに訊ねた。

「えっとね、芸術文化センターの裏手にある、レンガ造りのマンションだよ」

「わたし、届けてくる!」

ももちゃんはいっちーさんのスマホを鞄に入れ、自転車のペダルを踏み込んだ。

いっちーさんは千鳥足でタクシーから降りた。

今夜は飲みすぎたな……。そう思いながらマンションのエントランスへ向かう途中、団子頭の、見覚えのあるシルエットが現れた。よく見ると、串カツろくで働くももちゃんだ。

「え……。ももちゃん、なんでここにいるの?」

「いっちーさん、スマホ忘れたから届けにきました!」

「えー!俺がタクシー乗ってる間に、もうここに着いたの?」

「飛ばしてきました!」

ニッと笑うももちゃんに対して、いっちーさんは何度も頭を下げる。

「ごめんよぅ。俺、全然スマホのこと気づかなかったよ。助かったよー。こんな寒さのなか、ありがとうね。よければ家でコーヒーでも飲んでく?」

「大丈夫です。ロクちゃん、今頃一人であたふたしてると思うんで、このまま帰ります!」

「分かった。気を付けてね!」

いっちーさんが言い終わるまでに、ももちゃんは矢のような速さで串カツろくへ向かった。

「TRAIN-TRAIN 走っていーけー♪」

凍てつくような寒空の下。ももちゃんは好きな曲を口ずさみながら、火の玉のごとく夜道を駆け抜けていった。

この物語には、このアイテムを。

Circlesの自転車

自転車には自分を変える力がある。遠回りしたら、知らない景色と出会う。風を感じたら、季節の流れを知る。そんな発見をする、自分に驚く。ももちゃんが毎日楽しそうなのは、いつもペダルを漕いでいるからかも。

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