「あれ、今日休みじゃなかったっけ……」
麻衣は串カツろくの前で思わず呟いた。
彼女は串カツろくのすぐ近くにあるワンルームマンションに住んでおり、週に何回も店に訪れる。
串カツろくは定休日が決まっていないため、いつもロクがあげるインスタグラムで営業日をチェックしていた。
今日は休みだったはず……。気が変わったのかな。
麻衣は友人たちと飲んた後だったが、ロクの串カツが食べたくなり、店の扉を開けた。
「麻衣ちゃん、いらっしゃい」
ロクはいつもと変わらない様子で声をかけてきた。
「ロクちゃん、今日って休みだったけど、お店開けたんだね?」
「ん?いつも通りやってるけど」
嚙み合わない返答に対して麻衣は不思議に思ったが、それ以上詮索することはやめた。
店内にはスタッフのももちゃんがいない。これも珍しいことだ。
カウンターに並んでいるおばんざいの種類もやや少ない。
「ロクちゃん、生ビールとソース串カツ4本ください」
「はーい」
注文後、麻衣は店内を見回す。相変わらずお客が多く、にぎやかだ。
「はい。麻衣ちゃんお待たせ」
ロクが持つ皿には、味噌がかかった串カツが並んでいた。
「ロクちゃん。味噌じゃなくてソースなんだけど……」
「しまった!ごめん!すぐに作り直すよ」
「いいよ、いいよ。味噌も好きだから、今日はこれで大丈夫」
ロクは申し訳なさそうに頭を下げる。
麻衣は、ソース串カツしか注文したことが無い。
本来は言わなくてもソース串カツが出てくるはずなんだけど……。
ロクちゃん、疲れてるのかな?
そう思いながら、味噌串カツを頬張る。どて煮の味が沁み込んでいて、味わい深い。改めて、ロクの味付けのうまさに舌鼓をうった。
「ロクちゃーん。レモン酎ハイじゃなくて、ハイボール注文したよー」
「ロクちゃん。おつり、100円のはずなのに、これ、500円玉だよ」
「ロクちゃん、今日はなんか変だよー」
先ほどから、「ごめんなさい!ごめんなさい!」を、ロクは連発している。
やっぱり、今日のロクちゃん、いつもと違う……。
訝しく思う麻衣は、ぼんやりとスマホの画面を見遣った。
ちょうどLINEが一件、届いたところだった。しかも送り主はロクである。
ロクは今、目の前で奮闘していて、LINEどころかスマホを触る余裕すらないはずだ。
麻衣は内容をチェックする。「ロク会」というグループLINEのなかのメッセージだった。
ロクと、店のごく親しい常連客だけで作ったグループである。
ロクからはこんな内容が皆に送られていた。
『今度の日曜日、子どもの運動会があることをすっかり忘れていまして……。バーベキューに行けなくなりましたm(__)m ほんとにごめんなさい!!』
送信時間はたった一分前である。
「ねぇ、ロクちゃん。今LINE見たけど、来週バーベキュー行けないんだね」
ロクはきょとんとした顔をする。
「え?僕、そんなLINE送ってないよ」
「え、でも……」
店は更にお客が増え、ロクと会話することがままならない雰囲気になった。
麻衣はだんだん不安になる。
LINEで、ロク個人に返信を送ることにした。
『ロクちゃん、今、お店にいるよ』
すぐにロクから返事が来る。
『まいちゃん、何言ってるの?(笑)今日休みだよ』
『つかぬこと聞くけど、ロクちゃんて、双子の兄弟いる?』
『いないよー(笑』
麻衣は、ロクとのLINEのやり取りを見ながら呆然とする。
「麻衣ちゃん、さっきからボーっとしてるけど、大丈夫?」
角の席から、常連客の一人であるナベさんが声をかけてきた。
「あ……。えーっと、今日って、ロクちゃん休みの日なんだけど」
「そうだっけ?」
ナベさんは日本酒を手酌で注ぎながら飲んでいる。赤ら顔で、だいぶ酔っている様子だ。
「そこに貼ってある紙に、定休日が書いてあるんだけど……」
麻衣がそう言った途端、店の扉が勢いよく開いた。
「ナベさん久しぶりー!」
大きな声を出しながら入ってきたのは、ナベさんの飲み仲間のおじさんである。
ナベさんも嬉しそうに手を振って、隣の席に彼を招いた。
どのお客も、今日の営業について追及しない。
麻衣は、次第に考えることに疲れて、追加で日本酒を注文した。
お客は途切れなくやってくる。
今宵も、串かつロクは大賑わいである。
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