この物語には、このお食事を。
食べる宝石 琥珀糖
この秋冬の流行色は、静かなナチュラルカラーと、アクセントになるドラマチックカラー。ネットや女性誌で拡散した情報は、やがてコーディネートのトレンドになっていく。では、この色は誰がいつ決めているのか。どうも自然発生的に、ではなさそうだ。発表される約2年前、世界の専門家たちが集まって選定し、各国に伝えられるらしい。采配を振るう人がいるから、お菓子の色だって意味と価値を持つ。この物語にも、そんな人の姿がちらほら見えてきた。
作/ 羽月 みゆき
「中川さーん!カラフルな格好をした人たちが来てるんですけど……」
「カ、カラフル?」
なかちゃんは勤務先のラジオ局の一室で、受付嬢からの内線電話に対して首を捻る。
「なかちゃんに会いたいって。さっきからそればかり言ってるんですよ」
困った口調から、ただ事ではない気がした。なかちゃんは急いで受付まで走った。
赤や黄や緑といった服装の集団が見えたとき、嫌な予感がした。
まさか……ニコニコレンジャー?
「あ!なかちゃん!ぼくたち来ちゃいましたー!」
赤シャツが嬉しそうに言う。
「えっと……何しに来たの?」
なかちゃんは半ば呆然としながら訊ねる。
「えー!なかちゃん、こないだ串カツろくで言ったこと、覚えていないんですか?ラジオ局で僕らが喋ると面白そうだって!」
「だから私たち、気合い入れて来ました!」
黄色のバンダナを巻いた女性が加勢する。
「ええっと……、そうだったっけ?」
なかちゃんは、こりゃまずいことになったな、と胸の裡でつぶやく。
「あのときは酔っぱらってて……。ごめんなさい。僕、よく覚えてないんですよ。いきなりラジオに出演してもらうのは、ちょっと……」
苦し紛れに言いよどむなかちゃんの肩を、背後からぽんぽんと叩く人がいた。
「中川君。この方たち、面白そうじゃない。このド派手な感じ。アドリブ効かせながら、早速出演してもらったら?」
初老の男性が楽しそうに皆を見る。たまたま通りかかったラジオ局の局長だった。
「ありがとうございます!僕たち、精一杯楽しくします!」
なかちゃんの返事を待たずして、ニコニコレンジャーは威勢よく応えた。
『みなさーん、こんにちは!‘ナカちゃんのあふた~ぬ~ん’の時間です!みんな、夏バテしてませんか?今日は、そんな暑さも吹き飛ばすくらいの、超パワフルなゲストに来てもらいました!赤、青、黄色、そして緑にピンクをまとったニコニコ……じゃなかった。えーっと……』
『ハッピーハウスからやってきました、ファミリーです!』
『ファミリーの皆さんです。えっと、彼らとは、僕の行きつけの串カツ屋で知り合ったんだけど、なんかね、すごくパワフルなの。いつも笑顔で、幸せ~って表情なの。そして目を引くのはこの服!みんな、原色大百科みたいなの。どうしてファミリーのみんなは原色を着ているの?』
『僕たちは、色からパワーをもらって生きています。色の力で、全ての人が幸せになれるんです』
『色の力か。なるほど。赤や黄色といったカラーは、どうやって決めたの?』
『僕らのファザーが決めてくれました!ファザーは、ファミリー全員の幸せを叶えてくれる存在なんです』
『ファ、ファザーね。先ほど言っていた、ハッピーハウスってところの人かな?』
『そうです!ファザーの力は偉大です。大きな愛でぼくらを包みながら、幸せの道へ導いてくれますから。いつもファザーは説いてくれます。どんな時でも、ハッピーハッピー♪と歌えば、必ず幸せが歩み寄ってくれる、と。だから僕らは歌い続けます。
ハッピーハッピーハッピーハウス♪
どんなときでもハッピータイム♪
ハッピーカラーでハッピーハッピー♪
さぁ、なかちゃんも歌ってください!』
『え……ちょっと僕は……』
『いいからいいから。歌っているうちに幸せを感じますよ。リスナーの皆さんも、一緒に歌ってください!
ハッピーハッピーハッピーハウス♪
どんなときでもハッピータイム♪』
『ファミリーのみなさん、総立ちになりました……。今、彼らは手を取り合って、歌いながらぐるぐると回っています……』
『ハッピーハッピーハッピーハウス♪
ハッピーハッピーハッピータイム♪
ラジオに乗せて、ハッピーオンエアー♪』
『えーっと……、ファミリーの皆さん、そろそろ時間です!!』
『ハッピーラジオでハッピーハッピー♪
ハッピートークでハッピーハッピー♪』
『ナカちゃんのあふた~ぬ~ん、一旦、終わります!!』
薄暗い部屋のなかで、ラジオの音声が響き渡る。
やがて、覆面の男はラジオの電源を切った。
「ふぅ……」
溜息ともとれるような声が、虚空を泳ぐ。
「なんだか、浮かない顔ですね」
白髪の男が、覆面に対して声をかけた。
「ねぇ……。彼は、『例の店』の常連なんですよね?」
覆面はラジオを見つめたまま問うた。
「はい……そうです」
「あの反応の薄さはどうしてでしょう?まったくノッていない」
「……すみません。私の努力が足りていない結果です」
白髪の男は申し訳なさそうに頭を垂れた。
「ハウス内で『例の店』を広めたばかりですし、私たちの新たな拠点として、より根付いてほしいところです」
覆面の小さな穴から覗く瞳が、かっと大きく見開いた。
「はい。一層力を入れて広めていきます」
串カツろくでは、柳原の周りを女性客が囲んでいた。
「麻衣ちゃんは巻き肩だから、イエローだね」
柳原にそう言われた麻衣はきょとんとする。
「えー。巻き肩と黄色って関係あるんですか?」
「イエローはね、金運だけじゃないんです。曲がったもの真っ直ぐに正す、という意味合いがあるんです。だから、いつもイエローのものを身につけるといいですよ」
「柳原さんに言われると、なんだか説得力あります」
麻衣は早速スマホを触り、ショッピングサイトで「黄色・夏服」の検索を始めた。
「柳原さん、私は何色ですか?」
玲子が興味津々な表情で訊ねた。
「玲子さんは口元の右下にほくろがあるでしょう?これは、太陽の隣りにある木星を表しています。木星といえば、その名の通り『木』。玲子さんは緑を身につけることによって、運気は上昇します」
「わたし、このほくろ嫌いなんですよ。切除しようかなって思ってるくらいに……」
「そんなことをしてはいけません。口元のほくろと緑の相乗効果で、玲子さんは驚くほど強運の持ち主になるでしょう」
「じゃあ、緑のものを身につけるわ!」
柳原たちのやり取りを、カウンター越しにロクとももちゃんは見ていた。
「ねぇ、ロクちゃん。最近柳原さんのテンション高いよね」
「そうだね。柳原さんのカラー診断、女子ウケいいし」
実際、柳原のカラー診断を楽しみにしてやってくるお客が増えていた。
「そんなことより、ロクちゃん。最近赤ワインにハマったの?」
「え……なんで?」
「気づいたら、店の赤ワインの種類が増えてるし。ロクちゃんいつもちびちび飲んでるから」
そう言って、ロクの手元にある、小さなワイングラスを指した。グラスには少量の赤ワインが入っている。
「うん……。最近、なんとなく美味しいなぁって思えてね」
「それに、そのリストバンドも赤だし……」
ロクの右腕には赤のバンドがつけられていた。
「これはね、一目見てかっこいいいなって思って衝動買いしたんだ。仕事中、これをつけていると、気が引き締まる感じがするんだよ」
ロクは少し照れくさそうに説明した。
閉店時間の間際。柳原は串かつろくを出ると、辺りをきょろきょろを見回す。
「パパ……待ってたよ」
存在感のある腹を突き出した、中年男性が電柱から姿を現した。
「遅くなってごめんよ。さぁ、帰ろう」
「ねぇパパ。僕、お腹すいた……」
中年男性は甘えた声を出す。
「おぉ。それはいけない。駅前のラーメン屋にでも行こうか?」
「コンビニで売ってる『がってん舎らーめん』が欲しい!今ね、期間限定で金色のパッケージなんだ!」
「金色はおまえの大好きな色だね。よしよし、じゃあコンビニ行こう」
「それとね、レッドホットチキンも!」
「わかったよ。金色と赤は最強のコンビだね」
「うん。無敵の組み合わせだから誰にも負けない!」
うさぎのようにぴょんとぴょんと跳ねながら歩く男を、瘦身の柳原は追うように夜道を歩いて行った。
この物語には、このお食事を。
この秋冬の流行色は、静かなナチュラルカラーと、アクセントになるドラマチックカラー。ネットや女性誌で拡散した情報は、やがてコーディネートのトレンドになっていく。では、この色は誰がいつ決めているのか。どうも自然発生的に、ではなさそうだ。発表される約2年前、世界の専門家たちが集まって選定し、各国に伝えられるらしい。采配を振るう人がいるから、お菓子の色だって意味と価値を持つ。この物語にも、そんな人の姿がちらほら見えてきた。
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