この物語には、このアイテムを。
亀山五色蝋燭
たぎる「炎」は、10代のために。「火」遊びは、いまが盛りの大人のために。だったら、「灯火」は誰が何をするときに似合う明かりか。夜の高瀬川を灯火のように照らす月光で、静寂を演出したのは森鷗外。渋い大人が、音を消して来し方に思いを馳せる。そんな“しん”とした夜に、蝋燭は似合う。今年もお盆がやってくる。
作/ 羽月 みゆき
常連客の英樹は、串カツろくを訪れるなり鞄からビニール製の小袋をいくつか取り出した。
そして、店の中の皆に「これ、どうぞ」と言って配り始める。
「英樹君、どうしたの?」
なかちゃんは不思議そうな顔で小袋を見る。中には、クッキーとローソクが入っていた。
「僕の地元。北海道では、1か月遅れの今日、8月7日が七夕なんです。向こうでは、子どもたちに、ローソクとお菓子を配ることが習わしになっているんです。『ローソクもらい』って言うんですけれど、僕、子どもの頃にいろんな人からローソクとお菓子をもらっていて……なんか急に思い出しちゃって、自分がやってみたくなったんです」
「へぇ。北海道はそんな伝統があるんだね。ローソクもらいって、なんだかハロウィンみたいで面白いね」
なかちゃんは興味深そうに頷いた。
「でも、なんでローソクなの?」
隣で話を聞いていた麻衣が英樹に訊ねた。
「寒さが厳しい北海道では、ローソクの灯のぬくもりは、『神からの恵み』とされていたんです。願い事を書く、という七夕本来の風習に加えて、『寒い冬を乗り越えられますように』という風土特有の願いが込められていたんでしょうね」
英樹が、故郷を懐かしむような表情を浮かべて説明をした。
それを聞いていたももちゃんが、カウンター内でそわそわし始めた。
「ねぇ。英樹さんがくれたローソク、せっかくだから灯して見ない?店の明かりを少し落としてさ」
「うん。それ、いいかも。小皿を用意するから、それでみんなのローソクを灯そう」
ロクも賛同した。小皿に、各々のローソクのロウを少し溶かして固定し、火を点ける。
ローソクの灯が店のなかで揺らめき、とたんに幻想的になった。
「ローソクのあかりっていいねぇ。なんだか、心に沁みるね」
「見ているだけで、なんだか落ち着くよ」
「神様からの恵みって意味を知ると、あたたかな気持ちになるね」
いつもと違う串カツろくの風情に、皆がうっとりとした。
「せっかくだからさ、北海道の七夕にちなんで、願い事書かない?短冊が無いから、箸袋の裏に書いてさ」
麻衣が楽しそうに提案した。
「でも笹の葉がないよ?」
「そこにある福助人形が座っている大きな座布団に並べるってのはどう?」
麻衣は店内に置いてある福助人形に目を留めた。福助の両隣には、ロクとももちゃんが立てかけたローソクが揺れめいていて、いつになく神々しいオーラを放っている。座布団は、人形の大きさに対して、かなり余裕があった。
「え……。福助ですか?使っていいんですかね」
麻衣の提案に、英樹は思わず苦笑した。
「いいんじゃない?福助も願いを叶えてくれるひとだと言われているし。今夜くらい、許してくれるでしょう」
なかちゃんの一声で、皆が賛成した。
店のみんながそれぞれ箸袋に願い事を書いて、福助人形の座布団に並べた直後だった。
「あれ……誰か扉開けた?」
お客のひとりが店の入り口のほうを見ながら言った。開いた扉から、生温かい夏の夜風が入り込んでいた。
「えー。開けてないよ」と、皆が首をかしげながら応える。
誰かが入って来た形跡もなく、ロクは不思議に思いながら扉を閉めた。
ロクはその後、福助人形を見つめる。黄色の座布団の上に朱色の箸袋が並ぶと、福助の表情が心なしか華やかに見えた。福助の青い着物と相まって、色彩の鮮やかさに目を奪われているとき、ロクはなにかを感じた。
「あれ?」
そう呟いたあと、その違和感の正体を探ろうとして、じっと座布団を見つめる。
店の中には、ロクとももちゃんを含めて10名しかいない。
なのに、箸袋は11枚置いてある。
「誰か、願い事を2枚分書いた?」
ロクが訊ねても、皆、首を振る。
不思議に思ったロクとももちゃんは、思わず皆の願い事に目を向けた。
『痛風になりませんように』
『宝くじが当たりますように』
『良縁に恵まれますように』
『子どもが志望校に合格しますように』
『今年こそダイエット成功しますように』
どれも、思い思いの願い事が綴られていた。
やがて、紙袋の上の文字が、明るく見えたり暗く見えたりするようになる。
「あれ、どうしたのかな……」
ロクは周りを見回した。
すると、福助の横に添えられたローソクだけが、揺らめいている。
他のローソクは静止したままだ。
「え……なにこれ……ローソクが勝手に動いてる」
ももちゃんは驚いて、言葉が続かない。
「店の中は風が無いのに……どうしたんだろう」
「まるで誰かが、動いているみたいだ」
皆がきょろきょろと店の中を見渡すが、店内は少し暗くしただけの、いつもの串カツろくのままだった。皆は、揺らめくローソクを見ているうちに口数が減り、静かになっていった。
なかには、うっとりとした目でローソクを見る人もいれば、口元に笑みをたずさえる人もいる。どこか夢見心地な空気が流れるなか、英樹は何かを思い出したように、神妙な顔つきで語りだした。
「そういえば……8月7日の夜は、不思議なことが起こるって聞いたことがあります。これも北海道の言い伝えですが、何が起きるかは、定かじゃないんです……」
「じゃあ……今夜は何が起きてもおかしくないんだ……」
なかちゃんは目を細めながらローソクの揺れを見つめる。
「なんだか穏やかな気分になるね」
店の中の誰かが言うと、皆が頷いた。
「恵みのローソクが、まるで僕らのために踊っているみたいだ」
そんな台詞が入り混じるなか、ロクは福助人形の座布団を再び眺めた。
箸袋は列をなして並べられているが、そのなかのひとつの箸袋がロクの目に留まった。
『破顔一笑』
思わずその箸袋を見つめる。美しい筆跡で書かれていた。
やがて福助に目を向けると、口元がニッと笑った。
「え……」
ロクは驚いた。それは一瞬の出来事で、福助はすぐにもとの表情に戻った。
「ロクちゃーん、串カツ10本ね!」
静謐な時間が流れたのも束の間。やがていつもの活気が舞い戻った。
「はい!ありがとうございます!」
ロクは威勢よく応えた。その後も注文は続き、ロクとももちゃんは大忙しだ。
「北海道の夏は短いんです」
英樹がおもむろに呟いた。その声を聞いたロクは、手を動かしながらも話の続きを聞きたくて、より慎重に作業をする。
「8月に入って、夏本番の暑さを感じるのも束の間。盆を過ぎると急に涼しくなるんです。だから、海水浴にプール、キャンプ、川遊びとか、そういう夏の思い出を作ることが尊くて……」
英樹は昔の情景に思いを馳せるように、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「だから、『七夕の夜』も特別なんです。浴衣を着て、ローソクをもらって。家でもお祭りの延長のような雰囲気で、ワクワクする夜。この店のなかにいて、その時間を思い出しました」
英樹は目尻を下げながら、店内を見回す。
ロクは北海道の夏を想像する。短いゆえに、太陽の眩しさや、花火の香りや、汗を乾かしていく夜風の心地よさが、きらりと光る結晶となる瞬間を。
「今夜は英樹さんのローソクが灯っているから、特別なのかも……」
ロクがそう言うと、英樹は「ちがいますよ」と言いながら美味しそうにビールを飲む。
「僕、以前からこの店には『みんなが笑顔になる魔法』がかかっていると思ってたんです。純粋で、無邪気で……。飾らない自分に戻れるというか。それは、僕にとっての、夏の思い出みたいな……。地元から遠く離れても、童心に戻れるような場所に出会えて、すごく、幸せです」
ロクは英樹の言葉を噛みしめると、胸の裡に温かなものが広がった。
店内は、皆の明るい声と、盃を交わす音が交わり、夏の夜を鮮やかにしていく。
ロクは改めて、この場所がローソクの灯のように、明るくて、優しいぬくもりに包まれていると感じた。
名古屋では1か月遅れの七夕。
みんなの願い事が叶いますように、とロクは心のなかで唱えた。
この物語には、このアイテムを。
たぎる「炎」は、10代のために。「火」遊びは、いまが盛りの大人のために。だったら、「灯火」は誰が何をするときに似合う明かりか。夜の高瀬川を灯火のように照らす月光で、静寂を演出したのは森鷗外。渋い大人が、音を消して来し方に思いを馳せる。そんな“しん”とした夜に、蝋燭は似合う。今年もお盆がやってくる。
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