かき氷 第2話

作/ 羽月 みゆき

ロクは串カツが200本入った番重を抱えて、巨大な建物を見上げる。

それは円形のドーム型で、周りは樹木で覆われている。ドームに窓はなく、無機的な雰囲気が漂っていた。入口付近へ行くと小さな看板があり、「ハッピーハウス」と書かれてあった。

恐る恐るなかへ入ると、受付の人が満面の笑みで迎えてくれた。

「串カツのロクさんですね!配達ありがとうございます!すごく楽しみにしてました」

オレンジ色のターバンを巻いた女性が丁寧にお辞儀をする。

「わぁ、いい匂い。これを噛みしめると、どれだけ幸せになれるんだろう」

「ロクさんが丹精込めて揚げてくれた串カツが、僕らのもとに届いた幸運に感謝だね」

いつの間にやらロクは数人に囲まれていた。皆が「幸せ」という言葉を口にしている。

「あの……、そろそろ失礼します」

ロクは足早に帰ろうと、出口に向かったときだった。

「ロクさん!!今日はありがとうございます!」

そう大きな声で叫んだのは、ニコニコレンジャーの1人の赤シャツだった。他のメンバーも揃っている。彼らの姿を見て、ロクは驚いた。

「え……。これって……」

「ロクさん、いきなり注文してすみません。僕たち、どうしてもロクさんの串カツを仲間に食べてもらいたかったんです。それで、ファザーに相談したんです」

「ファ、ファザー?」

「そしたら、是非皆で食べようってことになって……」

ロクは、赤シャツの話が見えなくて、きょろきょろと目を泳がせた。

「こんにちは」

そう言って、赤シャツの背後から現れた男性は、プロレスラーのような覆面を被っていた。体つきはずんぐりとしている。

「私のファミリーが、ロクさんのお店でお世話になっているようで」

ファザーだと思われる男性が深々とお辞儀をするので、ロクは、「いえ、そんな……」と言って頭を掻いた。

「今日は私の家に、ファミリー全員が集まりました。月に一度のホームパーティです。この機会にロクさん、ちょっとみんなの前で挨拶してくれませんか?」

ファザーの突然の提案に、ロクはぎょっとなった。

「え……、ちょっとそれは……」

「大丈夫です。ファミリーは、首を長くしてロクさんの串カツを待ってるんです。ロクさんが目の前にいるだけで、みんな大喜びですから」

「僕、人前で喋ることが苦手なんで……」

「心配しないでください。私の質問に応えてもらうだけでいいですから」

「いや……、ちょっと……、ほんとに無理です」

「ロクさん、僕たちもいます!素晴らしい串カツを生み出した人なんだから、堂々としていてください!」

ニコニコレンジャーや他のファミリーに取り囲まれ、ロクは身動きができなくなった。すでに体中から汗が噴き出していた。

円形のドームの中央にステージがあり、それを取り囲むように席が並ぶ。

煌々とした照明のなか、ロクは周りを見渡す。それは色の洪水だった。

皆が、赤や黄や青や緑といった、原色の色彩を身につけていた。

目がちかちかしてくる。ロクはすぐにでも逃げ出したい気持ちになった。

「今日は、串カツろくの店主、ロクさんにお越しいただきました!みんな、盛大な拍手を!」

ファザーの呼びかけに、ファミリーは一斉拍手をする。耳をつんざくような轟音がドーム内に響き渡った。

「ロクさん。美味しい串カツを作るにあたって、心がけていることは何ですか?」

ファザーの質問に対して、ロクは固まってしまう。

「えっと……。特に心がけとかはないんですけれど。うーん……そうですね、温度調整は気をつけています……」

「油の温度ですか?」

「は、はい……。温度計で測っているわけではないのですが、油の音とか、衣の色づき具合とか、そういうのを気をつけてます」

「素晴らしい。ロクさんは音や視覚、つまり五感を使って串カツを揚げているんですね!

油と豚肉のハーモニーを体で感じながら揚げるって、まさに熟練の技」

「いや……そんな大したことじゃないです」

「ロクさんは、串カツを通して食の幸せを皆さんにお届けしていますが、なにかきっかけがあったんですか?」

「特に理由は無くて……ただ串カツが好きで、食べ歩いているうちに串カツ屋やりたくなっただけで……」

「みなさん、聞きましたか?好き、という純真な動機から、プロの技を極める。これこそ、人間にとって、最も尊いエネルギーではないでしょうか!」

ファザーの声に呼応するように、ファミリーは一斉に拍手をする。

「好きなことを極め、そこで生まれたものが人を幸せにする。素晴らしい循環を、ロクさんが手本として見せてくれました。私たちもロクさんに見習って、好きなもの、好きなカラーとともに、幸せを生み出しましょう!!それこそ、ハッピーライフ」

いつの間にか、ファミリーは総立ちになり、皆、手と手を取って歌い始めた。

ハッピーハッピーハッピーライフ

好きな仕事でハッピーライフ

好きなカラーでハッピーライフ

どんな時でもハッピーハッピー

ハッピーハッピーハッピーライフ

ハッピーハウスでハッピーライフ

鮮やかなカラーがうごめく。歌い、踊り、空間にこだまする。

ロクとファザーを中心にして、ファミリーたちが輪になって歌い続けている。

ロクは眩暈に襲われたが、なんとか脚に力を入れて立つことが出来た。

やがて、ファミリーの1人が花束を持ってステージに上がって来た。

深紅のバラの花束だった。

「ロクさんへ、感謝を込めて。ロクさんのハッピーカラーの赤です。ロクさんもファミリーの1人です。我々と共に、ハッピーハウスで幸せを更に増やしてください!」

ファザーの高らかな声と共に、ファミリー全員が赤いタオルを取り出して振り始めた。

火の玉が泳いでいるみたいだな――――

ロクは朦朧としながら、うごめく赤を見つめ続けた。

「ロクさん、少し疲れてます?」

常連客の1人・眼科医の柳原が、串カツろくのカウンター席から訊ねた。

柳原は高齢だが、現役の開業医として日々治療に専念している。

「あ……、すみません、ちょっとボーっとしてました」

ロクは我に返って、目の前の仕事をこなしていく。

「いえいえ。誰だってボーっとすることはあるんです。それは問題ないんですよ。ロクさん、目が泳いだり、急にぎゅっと閉じたりを繰り返しているんです。それって頭がフル回転状態の証拠なんです。休憩が必要なサインのひとつですね」

柳原の指摘を受け、ロクは押し黙った。もう閉店間際で、お客は柳原しかいない。

「あの……。ちょっと聞いてほしいことがあるんです」

ロクは遠慮がちに言う。柳原は、なんでも聞きますよ、と答えた。

ロクは思い切って、ここ数日の出来事を伝えた。それは、ニコニコレンジャーが来店し、その後、彼らをかき氷屋で見つけたこと。その翌日に串カツ200本の配達注文を受けたこと。

配達先の建物で出会った、ファザー、ファミリー、彼らの歌と踊り……。

「もうずっと、頭の中で彼らの歌声が鳴り響いているんです。ハッピーハッピーって。あと、ドームのなかで色が渦巻いていた光景もフラッシュバックするんです。そうなると、ちっとも頭が休まらないんです」

柳原は一通り話を聞き終わったあと、両腕を組んでしばらく考え込んだ。

「ロクさんの思考が、解放に向かっているサインかもしれません」

柳原の台詞が理解できなくて、ロクは目を丸くする。

「か……解放?」

「今、ロクさんの頭の中では、『ここに踏み込んではいけない』という警告が鳴っているのでしょう。その一方で、彼らのように無邪気になりたいという欲も芽生えている……」

「え……。そんなことないです。僕、ハッピーハッピーなんて歌いたくありませんよ」

ロクはたじろいでしまう。柳原は思案顔のまま、豊かな白髪をかき上げた。

「ロクさん、かき氷を食べた時のこと、覚えていますか?」

いきなり話が飛んで、ロクはきょとんとしたが、集中して記憶を手繰り寄せた。

「えっと……。口に含んだ瞬間、頭がクラっとなりました。景色も一瞬白くなって……。気が付いたら夢中になって氷を食べていました」

「それです。キーンとする冷たさを感受して、頭は痛くなるけれど、その後は勢いよく頬張る。ロクさんにとってハッピーハウスの存在はそれに近いと思いますよ」

柳原の説明に対してロクは混乱する。

「いや……、ハッピーハウスは、僕にとって異質ですよ」

「まぁまぁ。ロクさん、そう難しく考えなくても大丈夫ですよ。距離を置きながら、ちょっと風変わりな人たちだなぁって目で見てればいいんです。おめでたい人たちだなぁって」

柳原はにこにこしながらロクをなだめた。

「そ、そうですよね。すみません、なんか、変なことを相談しちゃって」

「いえいえ。僕も、ハッピーハウスやファザーの話に興味があります。何かありましたら、すぐに教えてくださいね」

柳原の穏やかな笑みに、ロクはほっとした。

「そういえば、ロクさんのハッピーカラーは赤だったんですよね?」

柳原は串カツを頬張りながらつぶやく。

「はい。そう言われました。なぜ赤なのか、よく分かりませんが」

「赤という色は、情熱に例えられがちですが、『魔除け』という意味も備えています。この店には邪気を寄せ付けない、ということでしょう。ロクさん、ここは守られています」

柳原の確信めいた口調に、ロクは胸を撫でおろす。

「そういう意味の赤なら、嬉しいですね」

「ロクさんのハッピーカラーにちなんで、赤ワインを飲もうかな。ロクさんも、1杯どうですか?」

「え、いいんですか?」

2人のワイングラスが、カン、と高い音をたてて交わった。

「串カツろくの今後の発展を祈って、乾杯」

赤ワインを飲む柳原の顔は多幸感にあふれている。ロクはその表情をちらちらと見ながらワインを口に運ぶ。

いつになく饒舌な柳原の弁を聞くうちに、ロクのワインはすぐに無くなってしまった。 酔いが回ると、ハッピーハッピーという歌声が、なぜか心地よいものにロクには感ぜられた。

この物語には、このお食事を。

パティスリー・モシェの
マンゴーフラッペ

「真夜中に書いたラブレターは成就しない」という説がある。理性を司る脳みその一部分が、昼間の疲れで機能低下に。そのせいで「美しい。まるで薔薇のようだ」みたいな、もらった女性が引く言葉を平気で書いたりするからだ。思い当たる節があれば、まずは頭やカラダを冷やすこと。文字通り冷静になるには、ちゃんと自分でオーダーして、格別のかき氷を召し上がれ!ロクさん。

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