この物語には、このお酒を。
フローズン・
ストロベリー・ダイキリ
ディスコの怪しい照明の下や、カフェバーのカウンターで目を引いたのは深紅のルージュ。アッシーたちがこぞって乗っていたのは、小さな赤いハッチバック。昭和の終わり頃、赤は下心を伝える色だった。さて、ロクさんのイチゴ味のかき氷は、どんな物語との赤い糸になるのか。つづく!
作/ 羽月 みゆき
串カツろくのカウンター席で、5人の仲間たちが席に着いた。性別・年齢もバラバラなこの5人組は、たまに串カツろくへ訪れる。
「それでね、アメリカンチェリーの写真をA4サイズに印刷して、寝室に貼って寝たの。そしたら、僕、寝坊しなくなったんだ!」
30代半ばくらいの、赤いTシャツを着た男性は嬉しそうに語る。他の4人はすごーいと言って、手を叩いた。
「わたしはこのうちわを10本買ったの。そしたらね、昔家で飼ってたプードルの首輪が納戸から出てきたのよ。すごくかわいがって子だったから、なんだか嬉しくって」
60代くらいの女性は、無地の黄色のうちわで風を送りながら、目を細める。
「俺は、枕カバーをピンクに変えたら、苦手だった梅干しが食べられるようになったんだ」
まだ20代くらいの青年は、ガッツポーズをする。左腕にはピンク色のベルトの腕時計が身につけられていた。「青の薔薇を部屋に飾ったら、腰痛が治った」「きみどり色のインコを飼い始めたら、ベランダで育てている豆苗が3度目の発芽をした」など、他の仲間も負けずにイイコト話を披露する。
やがて、ロクが大皿に大量の串カツを乗せて仲間の一人に渡すと、全員が「わぁ」と歓声をあげて手を合わせた。
「この串カツに出会えたことに感謝しよう」
赤いTシャツの男性がそう言うと、他の4人は「出会いに感謝」と言って、串カツを取り分け始めた。
「おいしい!この幸せ、豚を育てってくれた人にも感謝ですね」
きみどりのカチューシャをした若い女性が頬に両手をあてて喜んだ。
「豚の餌を作る人にも感謝だよ。豚が育ち、食肉になり、流通され、ロクさんの手に渡るまでの長い道のり経て、私たちの口元までやって来たという奇跡。幸せを噛みしめよう」
「美しい緑の草原で、草を喰む豚が目に浮かぶよ」
その後、5人はお酒を飲みながらおでんや刺身など食べた。どの場面でも「美味しい」と「幸せ」という台詞が連呼された。皆はずっと笑顔だった。
「それではロクさん、ももちゃん。今日も幸せな時間を提供してくださって、ありがとうございました!」
帰り際に赤いTシャツの男性が威勢のいい声で挨拶をした。
「それと、なかちゃん!いつも場の空気を明るくしてくれて、感謝です!」
酔っぱらったなかちゃんは突然名前を呼ばれ、ビールを吹き出しそうになった。
「いや、俺はただ酔っぱらってるだけだよ」
「いいえ。あなたは陽だまりのような笑顔で迎えてくれています。その幸せがみんなに伝わりますよ」
「そ……そうかな。楽しいのはあなたたちだよ。その陽気さ。そのテンション。俺のラジオ番組に出て喋ると、ウケるかも」
「えー!ほんとですか!?」
5人は、「ラジオだって!」と言いながら、はしゃぎだす。
やがて全員が目で合図を送り合うと、仲間のうちの1人が、ハッピーハッピーと、リズムをつけて歌い始めた。
ハッピー、ハッピー、ハッピー、ハッピー、ハッピー……
いつのまにか、5人で輪唱を奏でている。
ハッピーハッピーハッピーハッピー……
串カツ食べてみんながハッピー
ロクさんありがとハッピー、ハッピー
みんなが幸せハッピー、ハッピー
歌いながら彼らは帰っていった。
「なんか、すごい人たちだね」
なかちゃんは唖然としながら呟いた。
「うん……。でも悪い人たちじゃないよね。すごく、幸せそうに串カツ食べてくれるし」
ロクは彼らの食器を片付けながら、彼らの歌声が頭の中でリフレインしていた。
「確かに。でも、あの連帯感ってなんなんだろう?ニコニコレンジャーたち……」
「ニコニコレンジャー……。そうですね。すごい結束ですよね」
なかちゃんとロクは彼らのオーラに圧倒されたままだった。
ロクが開店前の仕入れに出かけた、ある昼下がり。見覚えのある集団が店の近所の公園に集まっていた。皆、赤だの黄色だの、原色を身につけている。ロクははっと息を呑んだ。
ニコニコレンジャーだ……
ロクは木に隠れながらそっと様子をうかがった。彼らは、古びた軽トラの前で何かをしている。軽トラにはかき氷の暖簾が掛かられていた。よく見ると、全員がかき氷を食べている。
「そこにある、緑色のアイマスクください」
緑のシャツを着た女性が店主に声をかけた。頭にタオルを巻いた、日焼けした男性が「1,000円だよ」と言って、アイマスクを渡す。
「じゃあ僕は青いティッシュカバーで!」
「1,500円ね」
ニコニコレンジャーは、自分が身に付けている色にちなんだものを買っている。
かき氷屋なのに、なんで物を売ってるんだ……
ロクは訝しく思うが、正面から軽トラを覗くことが出来ない。
彼らは、美味しい美味しい、と連呼しながらかき氷を食べ終えると、いつもの満面の笑みを浮かべた。
「ハッピーアイスでハッピー、ハッピー」
やがて赤シャツが歌い始めた。
クールなアイスでハッピーハッピー、ハッピータイム
サマータイムもハッピータイム
ハッピーハッピー、ハッピーアイス
ニコニコレンジャーは歌いながら去っていった。
ロクは彼らが去ったのを見計らって、軽トラへ向かった。
トラックには「ハッピー・アイス」と書かれた看板が取り付けられていた。字体はマシュマロのようなもこもこのフォントで、ハッピーとアイスの間には星マークが描かれてある。
かき氷の他に、Tシャツや腕時計やハンガーや眼鏡拭きやまごの手など、様々な日用品が置かれている。
ロクは軽トラ内を見回したあと、大切なものが欠けていると感じた。その正体が何か、数秒後に把握する。
軽トラには一切メニューがなかった。
ロクはみぞれ味のかき氷が食べたかったが、その表記を見つけることが出来ない。
「あ……、あの、みぞれの氷が欲しいんですが……」
ロクは遠慮がちに店主にたずねた。
「シロップはこちらで決めます」
店主の言葉がにわかに信じられず、ロクは思わず、へ?と間抜けな声を出してしまった。
「えっと……。シロップはお任せなんですか?」
「お客さんを見て判断します」
毅然とした態度で言われ、ロクは言葉を失ってしまった。
店主は、深い皺が刻まれた顔でロクをちらりと見たあと、電動器に氷を設置し、轟音を放ちながら氷を削った。その後、迷うことなく素早い手つきでシロップをかけた。
ロクに手渡された氷は赤。すなわちイチゴ味だった。
「あの……、僕、なんでイチゴなんですか?」
ロクはおずおずと訊ねた。
「いいから食べてみて」
店主の有無を言わせない口調に従い、ロクは抵抗せずに氷を口に入れた。
氷の冷たさが口から全身に広がり、汗がすうっと引く。陽を浴びながら氷を摂取すると、頭がクラっとする。一瞬、視界が白くなったあと、ロクは夢中になって氷を頬張った。その様子を、店主はじっと見ている。イチゴの甘酸っぱさが脳に心地よい刺激を送る。ロクは氷をぺろりと平らげたあと、トラックの内部を改めて見た。あらゆる色が溢れていて、ロクは夢の中にいるような感覚を味わった。Tシャツやまごの手の色彩が立体となって浮かび上がってくるようだった。
「ロクちゃーん!お客さんから問い合わせの電話なんだけど、『明日、串カツ200本配達できますか?』だって!」
店の受話器を持ったももちゃんが大きな声で叫んだ。
「に……、にひゃく!?」
ロクは驚きのあまりに固まってしまった。
ロクがハッピーアイスでかき氷を食べた、翌日の出来事であった。
この物語には、このお酒を。
ディスコの怪しい照明の下や、カフェバーのカウンターで目を引いたのは深紅のルージュ。アッシーたちがこぞって乗っていたのは、小さな赤いハッチバック。昭和の終わり頃、赤は下心を伝える色だった。さて、ロクさんのイチゴ味のかき氷は、どんな物語との赤い糸になるのか。つづく!
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