友人に贈る

作/ 羽月 みゆき

「なんか面白いことないかなぁ……」

麻衣が飲みながらおもむろに呟く。彼女はよくこのセリフを吐いている。

「ねぇ、なべさん。最近面白いことあった?」

隣で飲んでいるなべさんに訊ねた。

「うーん……。面白ことかぁ……。あ。そういえば……」

麻衣は興味津々でなべさんの話の続きを待つ。

「白クマは、尾も白い!」

「はぁ……何それ……」

麻衣はうなだれた。酔ったなべさんに訊いた自分が悪いと、あとで気づいた。

「尾も白い白クマなのに、彼は赤い木の実を食べた手で、お腹を拭いてしまった。お腹は真っ赤である。僕は白クマなのに、どうしよう……。はい。麻衣ちゃん。この話の続きをよろしく」

突然なかちゃんが喋りだして、麻衣は驚く。

「え……、続きって……」

「だから、白クマの続きよ。思いついたこと、なんでもいいから」

「……そんなこと言われても」

なかちゃんの突然の提案に麻衣は戸惑うが、やがて自信なさげに話し出した。

「白クマは動揺して、つい手で顔も触ってしまう。白クマはのろのろと川へ歩いていき、恐る恐る川面に映る自分の顔を見た。ん?これはこれで、悪くないかも……」

「はい。次、なべさん」

なかちゃんは間髪入れずになべさんにふった。なべさんは思案顔だが、急に演技がかった調子で話し始める。

「僕……なかなかいい男じゃないか。白クマはちょっとだけいい気分になった。森を歩くと、みんなが僕を注目してるぜ。森の仲間たちは、白クマの顔をみると、密かにぷっと噴き出す。ありゃ赤鬼かピエロだぜ」

なかちゃんはエアーマイクを麻衣に差し出した。麻衣はいつのまにやら楽しそうに語り始める。

「『白クマくん、なかなかかっこいいじゃない!』と、みんなは本音を言わずに、白クマをいい気分にさせた。白クマは毎日、顔に赤い木の実をつぶしたものを塗るようになった……はい、次、なべさん!」

ふたりのテンポは上がっている。

なべさんは麻衣の話のあとをスムーズに引き継いだ。

「しばらくすると森の中では、いちごやキノコや野菜を盗むやつがいなくなった。きっと、白クマの顔が怖いから近寄れないのだろう。森の食べ物が、以前よりたくさん採れてみんな大喜び。白クマの顔を見るたびに、みんなは『今日も素敵だね!』と褒めるので、白クマの化粧は、毎日欠かさないものになった。ちゃんちゃん。おしまい」

なかちゃんはパチパチパチと拍手した。

「二人とも、なかなかいいじゃないの。面白い話を有難う!」

「なかちゃんがいきなり話を振るからだよぅ。俺は、『白クマは尾も白い』て言っただけなのに」

「どんなネタでも頭の中でふくらませば、面白いストーリーになるんだよ。それを、みんなで繋げていくから、奇想天外になる!」

にこやかに語るなかちゃんを、麻衣は眩しそうに見る。

「さすがなかちゃん……。こんな風にトークをスムーズに進行する才能があるから、ラジオパーソナリティになったんだよね」

「いや……。俺、もともと全然喋れないやつでさ。無口で、引っ込み思案で……」

「えー。そうなの?想像できないよ」

「俺には大切な師匠がいたんだ。その人に、教えてもらった」

なかちゃんは神妙な顔つきになる。

「師匠って、どんな人?」

「その人は……」

なかちゃんは、お酒を一口飲み、ゆっくり目を瞑る。

そして語り始めた。

俺、小学生の頃は全然友達がいなくて。いつも一人だったんだ。でも、小6になって初めて俺に声をかけくれたやつがいたんだ。真屋(まや)というやつで、おしゃべりで、ムードメーカーだった。みんなからはまーやんって呼ばれていたんだよ。

「おい、中川。おれんち来ないか?」

ある日、まーやんが俺に声をかけてきた。こんなことは初めてでびっくりした。

まーやんの家は、古い文化住宅の一室だった。母子家庭で、母親はいつも家にいないから、俺ら二人きりだった。テレビはあったけれど、コンセントは抜かれている。

何故そうしてあるのか、俺は敢えて訊ねなかった。

テレビも見れないし、漫画もない部屋だからだろうか。まーやんに誘われても、遊びに行く同級生は誰もいなかった。後になって分かったけれど、唯一、まーやんの誘いに乗ったのは俺だけだったんだ。

そして、まーやんは、家のなかである遊びを提案したんだ。

「遊びって……。もしかして、今の……」

麻衣の呟きを受けたあと、なかちゃんは再び語り始める。

まず、まーやんが10円玉を投げる。裏の模様がでた。

「よし。今日は中川からスタートだ」

表が出たらまーやんから、裏が出たら俺から始める、というルールだ。

「えーっと。どうしようかな……。大型台風がやってきて、強風が吹き荒れると、タケノコが飛んできた。タケノコは、とある家の窓を突き割った」

「うわぁ、タケノコかよ……」

まーやんは胡坐を組みながら難しい表情をしたが、急に顔を上げた。眼が生き生きとしている。

「家族は、飛んできたタケノコにびっくり仰天。よく見ると、タケノコに上には蝉が乗っているではないか!蝉は、家族四人に見つめられて焦った。このままじゃ殺される。なんとかしなきゃ……。蝉は立ち上がり、両足を動かし、羽を震わせながら必死に踊り始めた」

「蝉が踊る!?まーやん。いきなり飛び過ぎだよぅ」

「いいから続けて!」

「えーっと……家族みんなが目を丸くして蝉を見た。そして笑いが漏れた。やがて、その家のお母ちゃんが大きなザルを持ってきて、蝉を入れて布をかぶせた。明日、台風が去るまで、家のなかで守ろう、と。その日は、吹っ飛んできたタケノコを使って、みんなはタケノコご飯を食べた……はい!まーやん!」

「夜が更けるにつれて、ますます風雨がひどくなる。やがて家の灯りが消えた。停電だ!皆が必死になって懐中電灯を探す間、部屋の一角が仄かに明るい。なんだあれは……よく見ると、ザルから光が漏れている。なんと、蝉から光が放たれていた!」

「もう……。まーやんはめちゃくちゃなことを思いつくんだから」

「こうじゃないと面白くないだろ」

「うーん……。家族は光る蝉をじっと見つめた。ん?よく見ると、光っているのは、しっぽの部分か?蝉のしっぽ……?もしかして、これ、蛍か!?皆は蛍を蝉だと思って勘違いしていたのだ。その夜。蛍の光を見ながら、家族は嵐の夜を過ごした。一夜明け、青空が戻ると、蛍は元気に飛び立っていった。おしまい」

「蛍かよー。なんだか普通だなぁ。異世界からの生き物とかじゃないのかよー」

「まーやんは変な方向に偏るよね。蝉を蛍と勘違いするのだって、十分面白いでしょう?」

こんな風に、まーやんと俺は、「リレー小説」を展開していった。普段、無口な俺はまるで別人のように部屋の中で喋った。二人で繋いだ物語は、ノートにも記していた。

「漫画やテレビが無くってもさ、俺たちの想像だけで、ずっと自由で面白いものが出来上がるんだよ!」

まーやんはいつもそう言っていた。まーやんが提案したリレー小説は、口下手の俺の為に発案されたのか、たまたま彼が思いついたのか、分からない。ただ、俺はこの時間が楽しくて仕方がなかった。こんな日がずっと続くと思っていたんだ。

「あんた、真屋くんの家に行くの、もうやめなさい」

ある日、俺は母親に言われた。

「あそこのお母さん。ガラの悪い男といつもパチンコ屋にいるって噂だよ。なんの仕事してるかわからないけれど、近づかないほうがいい」

「まーやんは何も悪くないよ」

「言うこと聞きなさい。それにあんた、来月から塾行くでしょ?」

小6の冬休みを前に、俺は塾へ行くことになっていた。勉強が苦手な俺が、中学では落ちこぼれにならないよう、親が決めたのだ。

その頃、学校でもまーやんを取り巻く空気が変わっていった。

「まーやんてさ、いつも同じ服着てるよね?」

「靴、ぼろぼろだし」

「もしかして、毎日お風呂はいってないんじゃない?」

まーやんのいないところで、悪い話が流れる。

明るくて、人気者のまーやんは、いつしか皆が避けるような存在になってしまった。

「中川、今日、おれんち来るだろ?」

まーやんはいつも通りの調子で俺に話しかける。

「ごめん。今日、塾なんだ」

「そっか」

俺はまーやんからの誘いを断るようになった。

母親や同級生からの視線が気になり始めると、まーやんと一緒にいるところを見られたくないと思うようになり、俺も避けるようになった。

そのうち、まーやんは俺を誘わなくなった。一人で教室のなかにいる彼は、とても静かだった。

冬休みが明けると、まーやんは学校に来なくなった。

親の都合で転校したと、担任が教えてくれた。

それ以来、俺はまーやんに会っていない。

「今の俺がいるのは、まーやんのおかげなんだ。会話を繋ぐ楽しさや、自分のトークが自由自在に膨らんでいく快感は、リレー小説を通して、まーやんが教えてくれたんだよ。なのに、俺、彼にひどいことをしてしまったんだ……」

なかちゃんは寂しそうな表情で呟く。

「まーやんは、なかちゃんにとって、大切な師匠だね」

話を聞いていたなべさんと麻衣も、なかちゃんのやりきれない気持ちが伝わり、しんみりとしている。

「そう。俺の師匠。もし会えるなら、きちんと謝りたい。そして、心から『ありがとう』って伝えたい」

なかちゃんは目を潤ませながらハイボールを飲み干した。

『みなさん。台風が近づいていて、重い空気ですよねー。そんな日でも‘ナカちゃんのあふた~ぬ~ん’で気分転換しましょう!こんなに風が強いと、タケノコが飛んでくるかもしれません!!あ……タケノコは掘るものか。しかし、初夏のタケノコは美味しいよ!台風一過の週末は、土が柔らかくなって、絶好のタケノコ堀り日和かもしれません。僕は今度、岐阜の板取川まで行って、蛍、見てきます!おっと、蛍とタケノコは関係ないって!?いやぁ、台風って言葉を聞くと、なぜか僕の中では蛍とタケノコなんですよねー。このふたつ、湿度と澄んだ空気が大好きで、台風が濁った空気を一掃するとね……』

なかちゃんは今日もマイクに向かって陽気に喋る。

まーやん。聞いてるか?

俺、ラジオ局のマイクに向かって喋ってるんだ。

あんなに口下手だったヤローが、すごくないか?

これ、全部まーやんのおかけだから。

まーやん。元気にしてろよ。

いつか酒、奢らせてよ。

うまい串カツ屋があるから、そこで飲もうぜ。 なかちゃんは心の中でそう唱えながら、自由に溢れだす言葉たちを繋ぎ、リスナーに向けて発信していった。

この物語には、この1曲を。

Broken Vow クリス・ボッティ

子どもの頃の記憶には、決まって顔を出す登場人物がいる。ずっと同じ街で暮らしていると、今でも悪ガキ仲間のまま。同級生の真理ちゃんの店に集まっては酔っ払う。楽しいだけのバカ話に、逝ってしまった奴の話が混じり始めるのは還暦過ぎから。しんみりは嫌なので、あの世での再会を願って三三七拍子で送るのが決め事だ。「思い」のかなえ方、なかちゃんなら?DJらしく、こんなバラードを言葉に添えるのもありかも。

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