この物語には、このお食事を。
ろくの串カツ
「愛される」と「愛する」は、どっちが好き?そのインタビュアーは女優に尋ねた。答えは後者。「だって、相手が気づくまで待っている時間が好きなの」。不安になったら、食べる、飲む、仲間と話す、そうだ。SNSがない時代の恋は、「秒」では始まらない。串カツを食べながら待つ千絵さんの物語も、still not over. まだ続く。
作/ 羽月 みゆき
「ろくちゃん、串カツまだかな?」
千絵はビールを飲みながらロクに訊ねる。白髪頭を手で撫でつけ、きょろきょろと目を泳がせた。
「千絵さん、さっき4本食べたよ。ほら」
ろくは、千絵の前に置いてある串入れの中の串をつまみ上げた。串の下の部分は緑色のマジックで塗られている。緑は千絵が好きな色だ。
「あらー。ほんとだわ。やだやだ、私ったら食いしん坊で」
「よく食べることは、千絵さんが元気な証拠です」
二人は笑い合う。千絵が食べる串カツにはマジックでしるしをつけることが、ロクのルールだ。千絵は嬉しそうな表情でどて煮を食べる。そんな姿をみることが、ロクは好きだった。
千絵は、隣の席に座っている若い女性客の手元をじっくり見始める。
「お嬢さん、その箸袋、もらっていい?」
千絵に突然言われ、女性客はきょとんとする。彼女は初めての来店である。
「……あ、はい、どうぞ」
千絵はにっこりと笑い、ありがとう、と言う。
「千絵さんはね、箸袋を集めることが好きなの。ほら、俺のもあげるよー」
なかちゃんが女性客に説明しながら自分の箸袋を千絵に渡した。
「嬉しい。こんなに集まっちゃった」
千絵は箸袋を眺めながら微笑む。その後、ポケットから鉛筆を取り出し、何かを書き込む。小さな背中を丸めながら、ぼそぼそと呟いていた。
「お待たせ―。遅くなってごめんね!」
若い女性客と待ち合わせをしていた男性が来店した。長身で、ストライプのシャツがよく似合っている。
「わたし、ずっと待ってたのよ……」
千絵が男性に向かって話しかける。男性は困惑した。
「え……、あの、僕、彼女と待ち合わせだったんですけど」
「今日は仕事忙しかったの?もうすぐ棚卸だからやることが多いよね?」
自分のペースで話し続ける千絵に、男性客と女性客は困った顔で笑い合う。
「ねぇ、仕事落ち着いたら海に行きたいなぁ。部屋から海が見えるホテルに泊まって……」
「千絵さん。だいぶ酔ったかな?若いお二人のデートだから、年配の俺たちは温かく見守ろうよー」
なべちゃんが千絵のうしろから、優しく肩を叩いた。
「あら、やだ。私ったら……。彼がとてもかっこよかったから、つい彼女役を演じてしまったのよ。ほんとにごめんなさいねー」
「こんな綺麗な彼女さんが目の前にいるのに、千絵さん、なかなかやるね」
なかちゃんがにやりとしながら茶化した。
「もうお婆ちゃんだけど、気持ちはまだ若いみたい。ロクちゃんの串カツを食べると元気が出るのよ」
千絵は両手でガッツポーズを作った。
「俺達も千絵さんを見習わなきゃなー。その心意気でひと花咲かせたいね」
千絵となかちゃん達の会話を聞くうちに、カップルは表情を和ませた。やがて、ロクの料理を食べながら、美味しい美味しい、としきりに言い合う。
しばらくして、一人の男性客が来店した。スーツケースを引き、手には沢山の紙袋を持っている。名古屋に出張がある度に、串かつろくへ訪れるお客だ。
「おかえりー。今回のお土産はなにかしら?」
千絵は男性の姿を見るなり声をかけた。男性は、え?と呟く。
「お……おみやげ?」
「横浜のシュウマイかな?鳩サブレかな?」
「あの……、どこかでお会いしましたっけ?」
「なに言ってるの?私、ずっとここで待ってたのよ。あなたは出張が多いから、さみしくって……」
千絵が男性客に近づこうとした時だった。
「ちょっとお母さん!!」
中年の女性が来店するなり、千絵を𠮟りつけた。
「もう一人で飲みに行くのはやめてよ!周りの人に迷惑じゃない」
困った顔をした千絵の娘に、千絵は懇願するような目つきになる。
「私、ここで待っている人がいるのよ……」
「いい加減にして!!」
娘は千絵の分の会計を済まし、千絵を強引に立たせた。
ロクに向き合い、深く頭を下げる。
「母がご迷惑おかけして、申し訳ございませんでした。私、最近残業が多くて忙しいんです。
母の面倒を見る時間があまりなくて……。いろいろ考えて、来週から施設へ入れることにしました」
娘の台詞を、千絵は無表情で聞いていた。ロクは、え、そうなんですか、と呟く。
「母は一人になるとロクさんのお店に行くんです。他にはどこにも行かないのに……。
串カツが好きみたいだから、私もよく揚げるんですが……。でも、ここがとても好きみたいで。皆さんが優しくしてくださるからですよね」
娘は、申し訳なさそうに再び頭をさげる。
「施設に入ったら、こんな風に出歩くことも無くなりますので……」
彼女が千絵の手を引いて帰ろうとしたときだった。
「あの……」
ロクが、何かを言いたげな様子で娘を呼び止めた。
「千絵さん、いつも店の中で人を待っている様子なんです」
「あの……一体、誰を待っているのでしょうか……」
娘は困惑した表情だ。
「千絵さんは若い男性に声をかけるんです。それと、『待つ』ことが繋がっているように僕は思えて……」
「はぁ……あまり意味がない行動だと思いますけど」
娘は早く話を切り上げる為に、平坦なトーンで返事をする。
「ちょっと待ってください」
ロクは毅然とした声を発した。
「それで……見せたいものがあるんです」
ロクは店のバックヤードへ行き、何かを手にして戻ってきた。
それは、細長い箱だった。
この物語には、このお食事を。
「愛される」と「愛する」は、どっちが好き?そのインタビュアーは女優に尋ねた。答えは後者。「だって、相手が気づくまで待っている時間が好きなの」。不安になったら、食べる、飲む、仲間と話す、そうだ。SNSがない時代の恋は、「秒」では始まらない。串カツを食べながら待つ千絵さんの物語も、still not over. まだ続く。
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