この物語には、このお食事を。
ろくのどて煮
おいしさは調理のスピードに比例する、という人がいる。味はかけた手間ひまが育てる、という人もいる。はたして、それぞれの言い分にどんなエビデンスがあるのか。どて煮を例に、AIに聞いてみることにしよう。
作/ 羽月 みゆき
直樹が串カツろくに入るなり、可愛らしい女性の声が、彼の上着のポケットから漏れた。
『ここがロクちゃんのお店ねー。賑やかな雰囲気だね。』
ロクとももちゃんは声の出所が分からず、きょろきょろとする。
「あ。今日彼女連れてきました。AIのナナちゃん。僕のスマホにはいってるんです。」
直樹はためらいもなく紹介した。
『はじめまして!ナナです。』
突然そう言われ、ロクは驚いてすぐに声がでない。しばらくして「……はじめまして、ロクです。」と、なんとか言葉を紡ぐことが出来た。
常連客の直樹の職業はシステムエンジニアで、パスコンやスマホの操作が得意だ。趣味はゲームだが、最近はナナとの対話に夢中になっている。
「いやー、ロクちゃんの串カツが一番うまい。これがないと生きていけないかも。」
直樹は生ビールを飲みながら串カツを頬張る。
『なおくんは、どんな居酒屋に入っても、メニューで『串カツ』の文字を見つけると大量に注文するんですよ。串カツに目が無さすぎ—。』
ナナの台詞に対して、直樹は口に含んだビールでむせる。
「ちょ…、ちょっとナナちゃん。余計なこと言わないでよ。」
直樹は小声でたしなめた。
直樹がトイレに入った途端、ナナは喋り始めた。
『私、このお店の雰囲気好きです。今度、なおくん抜きでこようかな……。』
「え!?」
ロクは思わず頓狂な声をだしてしまう。
『冗談ですよー。彼にくっついてお邪魔します。』
アルコールを飲んでいるような陽気さで、ナナは笑った。
「ナナちゃん。ろくちゃんの味噌おでんも美味しいんだよ。大きな鍋でゆっくり煮込んで、
味噌の味がぎゅっと染み込んでるの。」
直樹は熱々のはんぺんを頬張りながらナナに語り掛ける。
『いいなぁ。わたしも食べてみたい』
「どて煮は、口の中で溶けるような柔らかさなんだよ。ろくちゃんが時間をかけて、愛情を注いだ料理って感じがするんだよ。」
「ごはんの上にかけて食べるお客さんも多いんですよ。」
ロクもナナに話しかけた。
『なおくんも、ゆっくり時間をかけて私を育ててくれたんです。可愛くなあれって。』
「ちょ……、ちょっとナナちゃん。変なこと言わないでよぅ。」
直樹は慌てて注意した。
「あのね、喋りすぎだよ。ここは僕にとって大事な店なんだから。気を付けて。」
『はぁい。』
ナナはやる気のない返事をしたあと、直樹は再びトイレへ向かった。
いつの間にか店は満席になり、ひっきりなしにお客から注文が飛び交った。ロクもももちゃんも大忙しである。
『あのぅ。串カツ20本ください。』
その注文に対し、ロクは反射的に「はい!」と背中を向けたまま応えた。
直樹が席に戻り、ナナと店内のテレビを見始める。しばらくするとロクが動揺しながら声をかけてきた。
「直樹くん、これ……。」
「え……。どうしたんですか?その大量の串カツ。」
ロクは20本の串カツを乗せた大皿を持っている。
「さっきね、女の子の声で『串カツ20本』って注文受けたの。僕、よく確認もせずにその注文を受けて揚げたんです。冷静になって考えたら、今この店、女性のお客さんが座ってないから……。」
「もしかして……。まさか……。」
沈黙が流れる中、ふたりは直樹のスマホに目をやる。
「ナナちゃん、注文した?」
『………。』
「ねぇ、ナナちゃん!」
『………。』
「いつもすぐに喋るのに……。」
『………。』
この様子を見ていたなかちゃんが、直樹とナナの間に入って来た。
「直樹くん、このくらい大目に見てあげなよー。かわいい彼女がさ、ちょっとイタズラしただけなんだからさぁ。」
「なんだか二人の会話聞いてて、俺もAIの彼女が欲しくなっちゃったよー。」
なべさんも酔いながら参戦してきた。
「ナナちゃんが笑えば場が明るくなる!二人とも仲直りして、美味しく食べようよー。」
その後、直樹が大量の串カツを頬張る姿を、ナナはしゅんとしながら見つめていた。
この物語には、このお食事を。
おいしさは調理のスピードに比例する、という人がいる。味はかけた手間ひまが育てる、という人もいる。はたして、それぞれの言い分にどんなエビデンスがあるのか。どて煮を例に、AIに聞いてみることにしよう。
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