小説家

作/ 羽月 みゆき

美佳は串カツを頬張りながら、A5サイズのノートを広げている。

ボールペンを片手に、思いついた単語を書き連ねるが、すぐに手は止まってしまう。

いいストーリー、思いつかないかなぁ———。

昔から小説を書くことは大好きだった。学生の頃、出版社が主催する文芸賞に応募したら、入選した。それからは様々な賞に応募しているが、鳴かず飛ばずだ。

美佳は保険会社で事務の仕事をしている傍ら、飲みながら小説の構想を練ることが習慣としている。串カツろくは美佳の好きな店で、この店を舞台にした小説も何作か創作していた。

「すみません。ひとりだけどいいですか?」

背が高くて、健康的な小麦色の肌をした女性が入店した。初めて見る顔だ。

「いらっしゃいませ!こちらのカウンターへどうぞ。」

ロクがそう答えると、女性は美佳の隣りに座った。

「おとなり、失礼します。」

そう言いながらにっこり笑う女性に、美佳は好感を持った。

笑うと目尻に皺が寄るが、肌全体にハリがある。歳を重ねても綺麗なひとだと思った。

「赤星1本。それと、串カツ8本、牛すじ盛り合わせ。それと、おばんざいをお任せで

3品ほどお願いします。あと、せせりと砂肝を2本ずつください。」

すらすらと注文する女性を見て、美佳は驚いた。

「あの……。すごいですね。注文する数……。」

「わたし、大食いなんです」

「かっこいい。それでも体型キープしてて、うらやましいです。」

女性は眉毛をハの字にして、情けない声をだした。

「うーん。今日はちょっとだけヤケ食いかな。元気出そうと思って……。」

「え……、そうなんですね。あの、よければ話を聞いてもいいですか?」

美佳は物語の創作のヒントを得るために、人の話を聞く習慣が身についている。

互いに名前を紹介し合う。女性は、涼子、と名乗った。

「わたし、10歳年下の彼氏がいるんです。付き合って、もうすぐ3年かな。趣味も合うし、一緒にいて楽しくて。だけど……。わたし、バツイチで子どももいるんです。まだ若い彼が、こんな40過ぎのオバサンと付き合っていていいのかなって。可哀そうな気がしちゃうんです。」

美佳は話を聞いて、鼓動が早くなった。

これって———。私の創作した小説の一つと全く同じシチュエーションだ———。

美佳は動揺が顔に出ないよう気を付ける。

「でも、お二人は仲良しなんですよね?知り合ったきっかけはなんだったんですか?」

「スポーツジムです。お互い体動かすことが大好きで。休日はテニスやバトミントンやってます。私の子どももなついてて、公園にも連れて行ってくれるんです。」

美佳は持っているグラスを落としそうになった。

「す、すみません。ちょっとお手洗いに行っていいですか?」

美佳はこっそりノートを持ってトイレに入ったあと、ページを開く。

あった……。これだ……。

『年上バツイチ女と年下男の、逆境を乗り越えたラブストーリー。

二人はスポーツジムで知り合い、愛を深めていく……。』

こんなことってあるの?

美佳は目を疑った。

このままだと……。いや、まさかそこまでは……。

美佳は気持ちを鎮めて、再び涼子の話を聞く。

「わたし、週に一回だけ子どもを母に預けて、思い切りジムで汗を流すんです。彼はほぼ毎日通うくらいジムが好きで。こないだ、約束をしていない日にフラッとジムにいったんです。そしたら、彼と、彼と同じくらいの歳の女性が楽しそうに喋ってて。妬いたんですけど、冷静に見てたら、なんだか二人はお似合いだなぁっ思えて。私は年相応の見た目だし。自分は舞い上がっていたのかなって……。」

涼子は次第に鼻声になっていった。おしぼりで目元を拭う。

「美佳さん、ごめなさいね。こんな話聞かせちゃって。なんだか最近涙もろくて。こんな美味しいお店を発見できて、ほんとにラッキー。今日はそろそろ帰りますね。」

「あ……涼子さん。ちょっとだけ待ってください!」

思わず美佳は大きな声を出す。

「えっと……、もう少しここにいたほうが、涼子さんにいいことが起きる予感がするんです。」

美佳はしどろもどろに伝えた。

「いいことかぁ……。じゃあ、美佳さんの予言を信じて、もう一杯飲もうかな。生ビールくださーい。」

涼子はビールと追加で注文した厚揚げを美味しそうに食べる。

どうしよう。このままなにも起きなかったら。でも、この展開なら、きっと―――。

美佳が思案している最中に、扉が開いた。

「あのー、すみません。今ひとりっていけますか?」

体格のいい男性が入店した瞬間だった。

「敦史!なんでここに!!」

涼子が叫んだ。

「涼子こそ、なんで!」

二人の男女は目を見開いている。その様子を見て、美佳は驚きつつも、どこか冷静だった。

やっぱりね————。

「なに一人で飲んでるんだよ。今日はジムに来る日なのに、待ってても全然来ないし。」

涼子の彼氏である敦史は、憮然とした表情だ。

「……ごめん。」

「なんかさー。最近、ちょっと冷たくない?俺、悪いことしたかな?」

そう言いながら敦史は一本目の串カツを頬張る。

「うわ!これめちゃくちゃ美味い!!衣がサクサク。何本でもいけるわ。10本おかわり!」

「ありがとうございます!」

ロクは威勢よく応えた。

「やっぱり好き……。」

涼子が涙声で呟いた。

「やっぱりってなんだよ。当たり前、じゃないの?てか、なんで泣いてんだよー。」

美佳は二人のやりとりを見て嬉しくなる。

敦史も今日初めてこの店に入店した。二人が通うジムがこの近くにあるらしく、以前から串カツろくのことが気になっていたらしい。

「そういや美香ちゃん。さっき涼子さんに『いいことが起きるかも』って言ったよね。なんで彼氏さんがくることが分かったの?」

ロクが不思議そうな顔で訊ねてきて、美香は返事に窮した。

「えーっと、涼子さんの話を聞いてて、彼氏さんがここに来るといいなぁって思っただけ!」

「えー。結構いい加減だね。」

ロクも周りのお客も思わず笑いだした。

敦史はものすごい勢いで料理を平らげていく。その姿を、涼子は嬉しそうに眺めていた。

「あのぅ……。敦史さん。鞄の中に、大事なものが入っていませんか?」

美佳は物語のラストに向けて、敦史の背中を押した。

「え……。おねえさん、なんで分かるの?」

敦史は動揺しながら、鞄の中から小さな箱を取り出した。それを涼子に渡す。

「ずっと持ち歩いていたんだ。なんか、カタチになるものを渡したくて。」

箱の中にはピンクゴールドのシンプルな指輪が入っていた。

「もう少し貯金がたまったら、ちゃんとしたやつを渡すから。」

「え——。うれしぃ———。」

涼子は涙を流しながら喜んでいる。

店内は拍手喝采である。

「よーし。めでたい席には『菓子まき』だ。ここはロクちゃんの店だから、『串まき』ってことで。ロクちゃん、串カツを20本揚げて。みんなで食べよう!」

酔ったなべさんが、場を盛り上げた。

「じゃあ俺は振る舞い酒で!みんな、盃を持ってー!」

いっちーさんが赤い顔で瓶ビールを持ち上げた。

「みなさん、ほんとうにありがとう。」

敦史と涼子は寄り添いながら、ロクの料理を食べ続けている。

美佳は再びノートを開く。

『やっぱり好き!(仮題)』は、逆境を背負いながらも、串カツろくで愛を確かめるカップルの物語だ。

フィクションという枠を乗り越えて、鮮やかな情景を紡いでいった。

やっぱり、物書きはやめられない———。

美佳は飲みながら、新たな作品のストーリーを考え始めた。

その夜、串カツろくでは、二人を祝福する乾杯と笑い声が、遅くまで続いた。

この物語には、このお食事を。

ろくのおばんざい
厚あげ焼

胃ぶくろを掴むメニューって、永遠の武器になる。別にご馳走じゃなく、いつもの菜の中にあれば、なおさら強力。ろくに並ぶおばんざいは、そのオールスターだ。例えば、涼子と敦史には、厚あげ焼を。低カロリーだから、ジム帰りでも無限メニューに。

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