この物語には、このお食事を。
ろくのおばんざい
厚あげ焼
胃ぶくろを掴むメニューって、永遠の武器になる。別にご馳走じゃなく、いつもの菜の中にあれば、なおさら強力。ろくに並ぶおばんざいは、そのオールスターだ。例えば、涼子と敦史には、厚あげ焼を。低カロリーだから、ジム帰りでも無限メニューに。
作/ 羽月 みゆき
美佳は串カツを頬張りながら、A5サイズのノートを広げている。
ボールペンを片手に、思いついた単語を書き連ねるが、すぐに手は止まってしまう。
いいストーリー、思いつかないかなぁ———。
昔から小説を書くことは大好きだった。学生の頃、出版社が主催する文芸賞に応募したら、入選した。それからは様々な賞に応募しているが、鳴かず飛ばずだ。
美佳は保険会社で事務の仕事をしている傍ら、飲みながら小説の構想を練ることが習慣としている。串カツろくは美佳の好きな店で、この店を舞台にした小説も何作か創作していた。
「すみません。ひとりだけどいいですか?」
背が高くて、健康的な小麦色の肌をした女性が入店した。初めて見る顔だ。
「いらっしゃいませ!こちらのカウンターへどうぞ。」
ロクがそう答えると、女性は美佳の隣りに座った。
「おとなり、失礼します。」
そう言いながらにっこり笑う女性に、美佳は好感を持った。
笑うと目尻に皺が寄るが、肌全体にハリがある。歳を重ねても綺麗なひとだと思った。
「赤星1本。それと、串カツ8本、牛すじ盛り合わせ。それと、おばんざいをお任せで
3品ほどお願いします。あと、せせりと砂肝を2本ずつください。」
すらすらと注文する女性を見て、美佳は驚いた。
「あの……。すごいですね。注文する数……。」
「わたし、大食いなんです」
「かっこいい。それでも体型キープしてて、うらやましいです。」
女性は眉毛をハの字にして、情けない声をだした。
「うーん。今日はちょっとだけヤケ食いかな。元気出そうと思って……。」
「え……、そうなんですね。あの、よければ話を聞いてもいいですか?」
美佳は物語の創作のヒントを得るために、人の話を聞く習慣が身についている。
互いに名前を紹介し合う。女性は、涼子、と名乗った。
「わたし、10歳年下の彼氏がいるんです。付き合って、もうすぐ3年かな。趣味も合うし、一緒にいて楽しくて。だけど……。わたし、バツイチで子どももいるんです。まだ若い彼が、こんな40過ぎのオバサンと付き合っていていいのかなって。可哀そうな気がしちゃうんです。」
美佳は話を聞いて、鼓動が早くなった。
これって———。私の創作した小説の一つと全く同じシチュエーションだ———。
美佳は動揺が顔に出ないよう気を付ける。
「でも、お二人は仲良しなんですよね?知り合ったきっかけはなんだったんですか?」
「スポーツジムです。お互い体動かすことが大好きで。休日はテニスやバトミントンやってます。私の子どももなついてて、公園にも連れて行ってくれるんです。」
美佳は持っているグラスを落としそうになった。
「す、すみません。ちょっとお手洗いに行っていいですか?」
美佳はこっそりノートを持ってトイレに入ったあと、ページを開く。
あった……。これだ……。
『年上バツイチ女と年下男の、逆境を乗り越えたラブストーリー。
二人はスポーツジムで知り合い、愛を深めていく……。』
こんなことってあるの?
美佳は目を疑った。
このままだと……。いや、まさかそこまでは……。
美佳は気持ちを鎮めて、再び涼子の話を聞く。
「わたし、週に一回だけ子どもを母に預けて、思い切りジムで汗を流すんです。彼はほぼ毎日通うくらいジムが好きで。こないだ、約束をしていない日にフラッとジムにいったんです。そしたら、彼と、彼と同じくらいの歳の女性が楽しそうに喋ってて。妬いたんですけど、冷静に見てたら、なんだか二人はお似合いだなぁっ思えて。私は年相応の見た目だし。自分は舞い上がっていたのかなって……。」
涼子は次第に鼻声になっていった。おしぼりで目元を拭う。
「美佳さん、ごめなさいね。こんな話聞かせちゃって。なんだか最近涙もろくて。こんな美味しいお店を発見できて、ほんとにラッキー。今日はそろそろ帰りますね。」
「あ……涼子さん。ちょっとだけ待ってください!」
思わず美佳は大きな声を出す。
「えっと……、もう少しここにいたほうが、涼子さんにいいことが起きる予感がするんです。」
美佳はしどろもどろに伝えた。
「いいことかぁ……。じゃあ、美佳さんの予言を信じて、もう一杯飲もうかな。生ビールくださーい。」
涼子はビールと追加で注文した厚揚げを美味しそうに食べる。
どうしよう。このままなにも起きなかったら。でも、この展開なら、きっと―――。
美佳が思案している最中に、扉が開いた。
「あのー、すみません。今ひとりっていけますか?」
体格のいい男性が入店した瞬間だった。
「敦史!なんでここに!!」
涼子が叫んだ。
「涼子こそ、なんで!」
二人の男女は目を見開いている。その様子を見て、美佳は驚きつつも、どこか冷静だった。
やっぱりね————。
「なに一人で飲んでるんだよ。今日はジムに来る日なのに、待ってても全然来ないし。」
涼子の彼氏である敦史は、憮然とした表情だ。
「……ごめん。」
「なんかさー。最近、ちょっと冷たくない?俺、悪いことしたかな?」
そう言いながら敦史は一本目の串カツを頬張る。
「うわ!これめちゃくちゃ美味い!!衣がサクサク。何本でもいけるわ。10本おかわり!」
「ありがとうございます!」
ロクは威勢よく応えた。
「やっぱり好き……。」
涼子が涙声で呟いた。
「やっぱりってなんだよ。当たり前、じゃないの?てか、なんで泣いてんだよー。」
美佳は二人のやりとりを見て嬉しくなる。
敦史も今日初めてこの店に入店した。二人が通うジムがこの近くにあるらしく、以前から串カツろくのことが気になっていたらしい。
「そういや美香ちゃん。さっき涼子さんに『いいことが起きるかも』って言ったよね。なんで彼氏さんがくることが分かったの?」
ロクが不思議そうな顔で訊ねてきて、美香は返事に窮した。
「えーっと、涼子さんの話を聞いてて、彼氏さんがここに来るといいなぁって思っただけ!」
「えー。結構いい加減だね。」
ロクも周りのお客も思わず笑いだした。
敦史はものすごい勢いで料理を平らげていく。その姿を、涼子は嬉しそうに眺めていた。
「あのぅ……。敦史さん。鞄の中に、大事なものが入っていませんか?」
美佳は物語のラストに向けて、敦史の背中を押した。
「え……。おねえさん、なんで分かるの?」
敦史は動揺しながら、鞄の中から小さな箱を取り出した。それを涼子に渡す。
「ずっと持ち歩いていたんだ。なんか、カタチになるものを渡したくて。」
箱の中にはピンクゴールドのシンプルな指輪が入っていた。
「もう少し貯金がたまったら、ちゃんとしたやつを渡すから。」
「え——。うれしぃ———。」
涼子は涙を流しながら喜んでいる。
店内は拍手喝采である。
「よーし。めでたい席には『菓子まき』だ。ここはロクちゃんの店だから、『串まき』ってことで。ロクちゃん、串カツを20本揚げて。みんなで食べよう!」
酔ったなべさんが、場を盛り上げた。
「じゃあ俺は振る舞い酒で!みんな、盃を持ってー!」
いっちーさんが赤い顔で瓶ビールを持ち上げた。
「みなさん、ほんとうにありがとう。」
敦史と涼子は寄り添いながら、ロクの料理を食べ続けている。
美佳は再びノートを開く。
『やっぱり好き!(仮題)』は、逆境を背負いながらも、串カツろくで愛を確かめるカップルの物語だ。
フィクションという枠を乗り越えて、鮮やかな情景を紡いでいった。
やっぱり、物書きはやめられない———。
美佳は飲みながら、新たな作品のストーリーを考え始めた。
その夜、串カツろくでは、二人を祝福する乾杯と笑い声が、遅くまで続いた。
この物語には、このお食事を。
胃ぶくろを掴むメニューって、永遠の武器になる。別にご馳走じゃなく、いつもの菜の中にあれば、なおさら強力。ろくに並ぶおばんざいは、そのオールスターだ。例えば、涼子と敦史には、厚あげ焼を。低カロリーだから、ジム帰りでも無限メニューに。
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